スロヴァキアという国はどうにも影が薄い。持参したガイドブックのタイトルは「Czech & Slovak Republics」となっているものの、スロヴァキアを扱っているのは125ページ。同じガイドブックがチェコには313ページを割いている。
そして未だに「チェコ・スロヴァキア」と間違って呼ばれることしばしばだ。ツーリストはスロヴァキア人を前にして「チェコ・スロヴァキア」と口を滑らせ、気まずい思いをする。
そのうえ日本のパスポートではヴィザが必要になる。観光に力を入れている国がよくやるように国境で発給してくれることはなく、ヴィザのないツーリストは問答無用で追い返しているらしい。
ブダペストとプラハをめぐるパッケージツアーにはたいていウィーンが抱き合わされているが、ウィーンに行きたがる客が多いからでも、ましてやスロヴァキアをいやがる客が多いからでもなさそうだ。ヴィザの必要なスロヴァキアは避けたいのだろう。影は一層薄くなる。
オフィスアワーを確認するため大使館に電話を入れる。よっぽど「チェコ・スロヴァキア」と間違えられることが多いのだろう。結構つっけんどんな口調で「チェコですか?スロヴァキアですか?」と問われた。「すすす、スロヴァキアです...」返事がこうなってしまうくらい怖そうだった。
ヴィザの申請は郵送での受け付けをしておらず、大使館まで出向かなければならなかった。さらに、受付時間はウィークディの10:00から11:45までという厳しい指定をされている。3200円のヴィザ申請料金には、なぜか税金までかかり、3500円を要した。
意地悪をされているようで、こんなスロヴァキアをチラっとでも見ておきたくなった。有効期限の切れた赤いパスポートはスタンプを押す余裕がなくなってページを増やしてもらったくらいだから、この程度では怯まない。
ヴィザはスロヴァキア国旗に描かれている紋章がホログラム状に印刷されたシールで、料金にふさわしい立派なものだ。1994年にも列車で通過する「だけ」のためにスロヴァキアのヴィザを取得したが、そのときはベルリンのスロヴァキア大使館で20USドルを支払った記憶がある。3500円のヴィザとならべてしばし観察することにしよう。
ハンガリーから国境を越えてスロヴァキアに入っても、相変わらず列車は「貸し切り」だった。コンパートメントの部屋には「禁煙マーク」が貼り付けられているので、通路で一服する。さっきまでは奇妙な連帯感で結ばれた「たばこのみ」が電線にとまる雀のようにならんでいたが、今はひとり寂しい。
客は他にいないにも関わらず、車掌さんが回ってきた。「No smoking」だという。ほんの少し前までみんな好き放題に煙を吐き出していた同じ場所なのに、しかも他には誰もいないのに、ちょっと不服だが、そう言うのなら仕方がない。
それにしてもこの車掌さん、「No smoking」と言うだけのためにわざわざ回ってきたのだろうか?だとすればずいぶん「仕事熱心」である。「まあかたいこというなよ、オヤジ」と言いたいところだが、スロヴァキア語はさっぱりわからないのであきらめる。
17時ちょっと過ぎ、コシツェ駅に着いた。もう真っ暗になってしまっていたけれど、きっちり時間どおりだった。日が暮れたせいか、ミシュコルツよりもぐっと寒い。
時間はあんまりないけれど、コシツェの街をみて、おいしいものでも食べおくつもりだ。けれどもまずは今晩プラハに向かう寝台車を予約せねばならない。
空席数まで検索できる凝った作りのスロヴァキア国鉄Webサイトで、列車の時刻は調べてある。検索結果はプリントアウトしてきたから、切符の確保は3分以内に完了すると踏んでいた。
しかし皮算用は甘かった。国際線を扱う窓口なのに、英語は通じない。「パルレフランセ?」も「シュプレヘンズィードイチェ?」も窓口のおばさんに困った顔をさせる以上の役目を果たさなかった。
外国語がさっぱりできないはずのマトリョーシカ君が「`」だの「゜」だのが付いたアルファベットのならぶメモを作ってくれた。こんなもんでわかるのか疑わしかったが、とにかく窓口のおばさんに手渡すと、すんなり切符を打ち出してくれた。いささか腹立たしい。
窓口には真新しい「VISA」のシールが貼られていたので、クレジットカードをペラペラさせて待っていたのだけれど、おばさんには首を振られてしまった。手持ちのスロヴァキアコルナでは足りない。両替を済ませて戻ってくるまでにかなり時間がかかってしまったが、おばさんの窓口にはきれいに切符がそろえられていた。
切符を手に入れてずいぶん気楽になる。重たい荷物-エゲルで仕込んだワインでさらに重たくなっている-をコインロッカーに預けようとしたが操作が難しく、駅のホールいっぱいに響きわたるくらいのアラームをならしてしまった。
コインロッカーを管理しているらしい荷物預かりの事務所から係のおばさんが出てきて、これ以上ないくらい丁寧に使い方を実演してくれた。マトリョーシカ君はおばさんの説明を理解したようだが、私は今ひとつ飲み込めない。もしも開かなくなって、エゲルのワインとお別れするのは哀しい。
結局コインロッカーはあきらめて、おばさんが番をしている荷物預かりに頼むことにした。
コシツェにおける逃すことのできないみどころは「聖エリザベス大聖堂」「ミカエル教会」「ウルバンの塔」の3つである。これらはメインストリートのHlavnaに隣り合ってならんでいるうえ、駅からまっすぐ10分歩くだけだ。ものぐさにとっては非常に都合よくできている街である。
これら歴史的建造物のまわりをぐるりと一周する。大聖堂は工事中であり、内部を見学することができなかった。ものぐさとしてはますます都合がいい。今日のお昼は軽かったので腹が減っているが、教会を眺めていても空腹は満たされない。観光は約10分で終了させ、食事にする。
まだ夕方6時前だけれど、暗くなった街で店を探すのは億劫だ。潔くLonely Planetに頼ることにした。インデックスの充実したLonely Planetはこういうときに便利である。暗がりの路上でも、簡単にページが見つかる。
同じ通りにあるBakchusという店にしよう。まだ夕食には少し早い時間だけれど、それなりに席は埋まっていた。「あたり」の予感。とりあえずビールを注文してチヒチビやりながらメニューを拝見することにした。
英語のメニューも用意されているが、英語圏でない地域のレストランでメニューに書かれた英語を理解することほど難しいものはない。材料はそもそもその土地にしかないものであったり、料理方法は概念が違っていたりする。メニューを作る方も苦労するだろう。「きんぴらゴボウ」「金目鯛の煮付け」....。
Lonely Planetはこの店で「Bakchus Chickenを食え」と記している。お姉さんのお勧めもやっぱりBakchus Chickenだった。幸いウェイトレスのお姉さんは英語がうまい。この人はそれだけでなく察しがいい。もうひと品欲しいが今さっきハンガリーから着いたばかりで勝手が分からないことを伝えると、クネドリーキが添えられた外人が想像するスロヴァキア料理にいちばん近そうなメニューを選んでくれた。
やってくる客を見ていると居酒屋のような使われ方をしているが、音がするくらい、きっちり、きっちりと万事進んでゆく店だ。店からいったん外に出てアーケードを渡ったところにあるトイレのドアは、なんと店内からリモコン操作で鍵が開くものだった。
ワインのボトルを空にしても、列車の時間まではまだまだ余裕があった。Lonely Planetをめくると同じHlavna通りの駅に向かう途中にCukraren Aidaというカフェがあるようだ。「...the best ice cream in town.」。
ほほう、これはよさそうだ。アイスクリームがおいしいのはもちろん結構なことだけれども、アイスクリームには年頃の女の子が集まるはずである。当方にはスロヴァキア娘をじっくり観察したいという下心がある。
セルフサービスの店だ。ものぐさだから、普段こういう店ではできるだけ一度に注文を済ませるようにしている。ビールのお代わりを取りに行くのは面倒なので、最初から2本取ってしまうというように工夫をする。食後のコーヒーは当然省略である。
しかし今日は違う。このような目論見を達成するためには、店に長居する必要がある。まずはアイスクリームだけの会計を済ませて席に座る。
店内を見渡してみて、思いのほか座っている客が少ないことに気が付いた。ひっきりなしに客がやってくるものの、半分以上はテイクアウトしてしまうのである。これは誤算だった。レジに近い席に座ったのは不幸中の幸いだった。
エスプレッソやカプチーノをその都度レジで注文していたら、何枚もレシートがたまってしまった。アイスクリームにレシートを求めるような客がいるとは思えないのに、小さい用紙にぴっちり文字の書き込まれた生真面目なレシートだった。
2002年3月22日から日本とスロヴァキアの間で査証免除協定が発効し、短期間のツーリストはVISAが不要になる。それまでのVISA取得に関する手続きはスロヴァキア大使館へ。
コシツェしか参照していないものの、スロヴァキアに関する情報では一番充実したガイドブックであるようだ。
駅前から公園を突っ切る通りを10分くらい歩いてゆくと、聖エリザベス大聖堂が見えてくる。そこがメインストリート「Hlavna」。
Bakchus Chickenはやはりうまかった。Lonely Planetはえらい!玄関を見た感じよりも店内は広い。夏場は中庭にもテーブルを広げるそうだ。
客足の切れないカフェ。アイスクリームは1ディップ5SKK。おいしい。店内が広いので長居もできるが、たばこはすえない。
コインロッカー、荷物預かり(21:30まで)、両替(レートはよくない)などの設備あり。ATMは発見できなかった。切符売り場の窓口に外国語のできる人はいないようだ。メモを用意しておくと便利。
ブダペストからプラハへ寝台車を使って移動したい場合(かなり時間の節約になる)、ハンガリー東部の旅行と抱き合わせ、コシツェ経由でプラハに向かうルートは便利。ブダペスト-プラハ間の列車は本数が少なく、夜行は1本しかないが、コシツェ-プラハ間の本数は多く、寝台車の予約をとれる可能性も高いようだ。
寝台車はヨーロッパ式のコンパートメントスタイル。1部屋につき最大3人まで使える。ひとりあたりの料金は1人で使うときにいちばん高く、3人だといちばん安くなるのはトルコなどと同じ。食堂車はないが飲み物は寝台車係にオーダーできる。
時刻表の確認はスロヴァキア国鉄のWebサイトを参照。
検索結果に表示される「Train」のリンクを開くと予約状況もわかる。料金は2人用コンパートメントの寝台車で3352SKK(2人分)。